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浦和地方裁判所 昭和56年(ワ)1288号 判決 1983年1月28日

原告

甲山長女

原告

甲井次女

原告

甲口三女

右三名訴訟代理人

吉田和夫

猪田巽

被告

乙辻元雄

被告

乙辻長男

被告

乙田次男

右三名訴訟代理人

白井正明

白井典子

主文

1  原告らに対し、被告乙辻元雄は別紙物件目録(一)記載の土地につき浦和地方法務局川口出張所昭和五二年一月一一日受付第六二九号をもつてした所有権移転登記を、被告乙辻長男は同目録(二)ないし(八)記載の各土地につき同出張所同日受付第六三〇号をもつてした所有権移転登記を、被告乙田次男は同目録(九)及び(一〇)記載の各土地につき同出張所同日受付第六三一号をもつてした所有権移転登記を、いずれも共有持分被告乙辻元雄三分の一、その余の原告ら及び被告ら各一五分の二とする旨の更正登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

一  原告ら訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

1  訴外亡乙辻花代(以下、花代という。)は、別紙物件目録(一)ないし(一〇)記載の各土地(以下、本件(一)ないし(一〇)の土地という。)を所有していたところ、昭和五一年七月二〇日死亡した。

2  被告乙辻元雄(以下、元雄という。)は、花代の夫、同乙辻長男(以下、長男という。)、同乙田次男(以下、次男という。)、原告甲山長女(以下、長女という。)、同甲井次女(以下、次女という。)及び同甲口三女(以下、三女という。)はその子として、相続により花代の権利義務を法定相続分どおりに承継した。

3  しかるに、本件(一)の土地には、元雄名義で、本件(二)ないし(八)の各土地には長男名義で、本件(九)、(一〇)の各土地には次男名義で、いずれも昭和五一年七月二〇日相続を原因として、主文第一項掲記の所有権移転登記(以下、本件各登記という。)が経由されている。

4  よつて、本件各登記は実体的権利関係と合致しないから、原告らは被告らに対し、各共有持分権に基づき、本件(一)ないし(一〇)の土地について本件各登記を、法定相続分どおりに被告元雄の共有持分を三分の一、その余の原告ら及び被告らの各共有持分を各一五分の二とする旨の更正登記手続を求める。

二  被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として「請求原因1ないし3の各事実はいずれも認める。」と述べ、抗弁として次のとおり述べた。

1  原告ら及び被告らは、花代の三五日忌の法事を行つた昭和五一年八月二三日から遺産の分配についての意見の交換を始めて、一〇〇日忌である同年一〇月二七日の法事の席上で被告元雄の提案した遺産分割案が基本的に了承され、昭和五一年一二月二五日右提案を書面にした別紙遺産分割協議書(以下、本件協議書という。)のとおり遺産を分割し各取得することを最終的に合意した。

2  もつとも、右協議に参加しえなかつた原告三女には本件協議書作成に先立つて被告元雄から再三電話連絡をしてその内容を説明し、同人の承諾を得て本件協議書作成のため登録印鑑及び印鑑証明書の送付を受け、右の了承に基づき、原告長女が本件協議書に原告三女の署名、押印の代行をした。

3  そして、原告らは、右遺産分割協議について納得していたからこそ、原告三女は昭和五二年一月二八日に、原告長女、同次女は同年二月一八日にそれぞれ被告元雄から右遺産分割による原告らの取得分として各金一〇〇万円宛を受領したのである。

三  原告ら訴訟代理人は、抗弁に対し、次のとおり述べた。

1  抗弁事実中、本件協議書に被告ら主張の署名、印影のあること及び原告らが被告ら主張の日に各一〇〇万円を被告元雄から交付されたことは認めるがその余の点は否認する。

2  仮に、本件遺産分割の協議が成立していたとしても、本件協議書の作成は原告らの意思に反してなされたものであるから無効である。すなわち、原告長女及び同次女は、花代の三五日忌の法事に出席したが、被告元雄から「共同相続」という言葉が出たのみで、それ以後被告ら主張の遺産分割協議がなされた事実はなく、本件協議書についても、被告元雄の要求により内容を確かめず、あるいは相続税に必要な書類だと言われ署名のみさせられたものであつて、原告長女が原告三女の署名を代行したのも右と同様の趣旨であつた。

他方、原告三女は、被告ら主張のような遺産分割についての相談あるいは説明を受けた事実はなく、登録印鑑及び印鑑証明書も被告元雄から電話で、「税金の申告に必要だから」と言われ送付したものであり、また、本件協議書作成について、原告三女が原告長女に署名の代行の権限を授与したこともないのである。

四  証拠<省略>

理由

一原告ら主張の請求原因1ないし3項の各事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、抗弁について判断する。

被告らは、昭和五一年一二月二五日に本件遺産分割協議が成立したと主張するのに対し、原告らはその成立及び効力を争うのであるが、本件においては、原告三女が広島に在住していて、右の協議には直接的に参加しなかつたことは被告らの自認するところであるので、まず、原告三女との関係において、右協議の成否及び効力について検討することとする。

1 遺産分割は共同相続人が遺産に対して有する未分割の共有状態を同時的かつ合一的に解消せんとするものであるから、共同相続人が全員参加して行うべきものであるが、相続人の一部が遠隔地に居住するなどの理由により直接的に協議に参加することができない場合においては、当該相続人において、相続人以外の者を代理人に選任して協議に参加させることはもとより可能であるが、かような代理方式をとらずに、他の相続人が当該相続人の意向をも勘案して作成した遺産分割案を提示し、当該相続人がこれに明確な受諾の意思表示をする、いわば意思伝達の方式によることも適法と解されるのである(この点については、家事審判法二一条の二の規定が参考となる。)ただし、後者の方式による場合においては、遠隔地にいる相続人の意思が的確に伝達されることを要するのはもとより、当該相続人が遺産分割案の内容を熟知し、これに明確な受諾の意思表示をした時にはじめて協議が成立したと解するのが相当である。

2 かような見地から本件をみるのに、被告らは、本件遺産分割協議に参加しえなかつた原告三女には、本件協議書の作成に先立つて被告元雄から再三電話連絡をしてその内容を説明し、同人の承諾を得て本件協議書作成のための登録印鑑及び印鑑証明書の送付を受け、右の了承に基づき、原告長女が本件協議書に原告三女の署名、押印を代行した旨主張し、同原告が被告元雄に対し右印鑑及び印鑑証明書を送付したこと、本件協議書に同原告の印影があることは当事者間に争いがないが、原告三女との折衝に当つた被告元雄本人の供述によつても、また同人が記入した日記である乙第四、第五号証の各一、二(いずれも被告次男本人の供述によつて成立の真正が認められる。)によつても、被告元雄が原告三女に対し本件協議書の内容を的確に伝達し、同原告がこれを熟知して受諾したとは到底認め難く、他に被告らの右主張事実を肯認するに足りる証拠はない。却つて、原告三女本人の供述によれば、同原告が本件協議書の内容を知つたのは昭和五六年四月に本件に関し調停の申立をした後であつたこと、それまで、同原告は本件についての遺産分割協議案を書面によつて提示されたことも、口頭によつて伝達されたこともないことが窺われるのである。

右認定の事実によれば、本件遺産分割協議は本件協議書につき、原告三女の明確な受諾の意思表示があつたとは認め難いので、適法に成立したとはいえないというべきである。

3  もつとも、同原告が被告元雄に対し、自己の登録印鑑と印鑑証明書を送付したこと、同原告が被告元雄から被告ら主張の日に金一〇〇万円を受領したことは同原告の認めているところであり、この事実と前顕乙第四号証の二中の昭和五一年一〇月二七日の下欄の「本日皆集つた所で相続税の問題、遺産分配の問題等は全部私に委任することで了承を得、これによつて分配を行うことにするつもり」との記載及び同年一一月九日の欄の「三女から速達で住民票写、印鑑証明書、抄本を送つてきてくれた。」旨の記載ならびに前顕乙第五号証の二中の昭和五二年一月二八日欄の「広島へ二九日着いた。」「花代よりの遺産分配金一〇〇万円は三女と幸男のいる前で渡した。」旨の記載と成立に争いのない乙第三号証の一、二(昭和五五年一二月一二日付原告三女から被告元雄宛手紙)中の「私達三人は母さんが亡くなつた時一〇〇万円頂きましたが皆不服と申していました。でもお父さんがそれで幸せならば我まんしようと話し合つていたのです。その後のことはちやんとしてくれると信じていたのです。」との記載を併せ考えると、原告三女は被告元雄との電話連絡の中で本件遺産の分配については被告元雄から一任するよういわれて黙示的にせよこれを受諾したのではないかとの推察が成り立たないわけではないので、念のため判断を付加しておくこととする。

仮に被告元雄が原告三女から本件遺産の分配について一任されたとしても、その際に、同原告が遺産のうち自己の取得分についてはもとよりのこと、他の相続人の取得分についてもそれがどのような形で分配されても異存がない旨を明示して一任したというような特別な事情があつた場合は格別、同原告は相続人として相続分を有している立場において一任しているのであるから、右一任の趣旨は、同原告と相続分を等しくする他の相続人が取得するのとほぼ同価値の遺産が同原告に分配されることを前提として、遺産のうちのいかなる物件をどの相続人に帰属させるかという遺産分割の方法もしくは遺産分割案の作成を委せるという程度の意思表示と解するのが相当である。そして、本件においては、同原告が金一〇〇万円を被告元雄から受領したことは前記のとおりであるが、同原告が右金員の受領をもつて、その余の遺産の分配を断念したことを認めうるような特別の事情があつたとは認め難く、また右一〇〇万円が同原告の相続分相当の遺産分配に当ると認めるべき証拠もない。

したがつて、仮に同原告が本件遺産の分配につき被告元雄に一任したとしても、本件遺産分割協議は同原告の意思に反してなされたものとして、無効というほかはない。

4  以上によれば、本件遺産分割協議は、本件協議書(すなわち、遺産分割案)につき原告三女の受諾の意思表示があつたとは認められず、仮に協議が成立したとしても無効と考えられる。したがつて、被告らの抗弁は原告三女の関係においてすでに失当であるから、その余の点について判断を加えるまでもなく理由がないというべきである。

三よつて、原告らが被告らに対し、本件(一)ないし(一〇)の各土地について経由されている本件各登記の更正登記手続を求める本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(糟谷忠男 小松一雄 池田德博)

遺産分割協議書

被相続人乙辻花代の遺産については、同人の相続人の全員において分割協議を行なつた結果、各相続人がそれぞれ次のとおり遺産を分割し、取得することに決定した。

一 相続人乙辻元雄が取得する財産。

1 川口市大字蓮沼字居柳八一番 田六五七平方米

2 同所八二番の居宅内にある家財一式

3 同所同番にある農業用小農具一式

4 現金 弐万円

5 川口市新郷農業協同組合の被相続人乙辻花代名義の定期・普通預金

六口、番号一〇、七〇〇・一一、〇三四・一一、七八一・一一、九九九・一二、一六三・五〇三三三 定期預金 九百万円 利息共

壱口、番号一〇―〇三九一 普通預金 九万九千八百五捨七円利息共

6 株式会社武蔵野銀行川口支店の被相続人乙辻花代名義の定期預金

壱口、番号〇四―一〇〇五九六―〇一七八四一―一〇壱百万円 利息共

7 青木信用金庫北支店の被相続人乙辻花代名義の定期・普通預金

壱口、番号七五〇八八二八 定期預金六百万円の内参百万円 利息共

壱口、番号七五〇三六九二 同右壱百五捨万円 利息共

壱口、番号二七七四二一 普通預金壱百八万参千四百弐捨六円 利息共

8 川口市新郷農業協同組合の被相続人乙辻花代名義の出資金 壱口、弐万円

9 川口市幸町一丁目二番三二号乙田次男に対する被相続人乙辻花代からの貸付金

壱口、壱百五捨万円

二 相続人乙辻長男が取得する財産

1 川口市大字蓮沼字居柳五三番 畑壱壱弐平方米

2 川口市大字蓮沼字居柳五六番 畑弐八四平方米

3 同所五七番 畑 弐〇壱平方米

4 同所五八番 畑 九九平方米

5 同所五九番 畑 弐〇八平方米

6 同所八三番 畑 壱四五平方米

7 同所八四番 畑 壱八壱平方米

三 相続人乙田次男が取得する財産

1 川口市大字蓮沼字居柳八六番ノ一畑 参弐七平方米

2 同所八六番ノ二 畑 九五平方米

四 相続人甲山長女が取得する財産

1 青木信用金庫北支店の被相続人乙辻花代名義の定期預金

壱口、番号七五〇八八二八 六百万円の内壱百万円

五 相続人甲井次女が取得する財産

1 青木信用金庫北支店の被相続人乙辻花代名義の定期預金

壱口、番号七五〇八八二八 六百万円の内壱百万円

六 相続人甲口三女が取得する財産

1 青木信用金庫北支店の被相続人乙辻花代名義の定期預金

壱口、番号七五〇八八二八 六百万円の内壱百万円

右のとおり相続人全員による遺産分割の協議が成立したのでこれを証するため本書を作成し、左に各自署名押印する。

昭和五十一年十二月二十二日

<以下、省略>

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